翻訳業務の過去と今後

 翻訳の仕事について考えると、未来の姿がみえてこない。英語に関して考えると英語ができる事、洋書を翻訳できる、英会話を翻訳して伝える。充分なビジネスになっていた。自分の学生時代、英語に苦労した事がきつい思い出としてよみがえる。電子辞書も無かった頃、専門書はすべて洋書、和訳された本など一冊も無かった。その中で辞書を片手に1ページを翻訳し理解するために何時間も使い、もし今の電子辞書があればその時間も半分に短縮できたと思う。
 何とか英語の洋書を読めるだけの語彙力と、留学生と1年間同じ研究室で過ごし、最低限の英会話も何とか身につけることができた。そのために費やした時間は学生時間の何割を英語の取得、翻訳に費やした事か、今の状況を見ると高校生の大半は電子辞書を持ち、パソコンを使えば自分で書いた日本語も瞬時に英語に変えてくれる。後はその英文を見直し自分の意向と違う部分を手直しすれば終了する。
 今後、ますますPCの性能が上がれば、翻訳自体すべてPCに依存しても洋書の翻訳から同時通訳までPCが行うことができる社会がすぐ近くまできているのは間違いの無い事実だと思う。
 しかし反面、英語で会話をするときに機会経由で確かに意志は通じると思う。しかし会話である以上は自分の頭を駆使して自分の表現で伝えたい。英会話を重視する教育界とPCのコンパクト化と高性能化、その整合性をどのように取ればいいのだろうか。